Quest

Wisconsinに1年交換留学中🇺🇸→日本帰ってきたyo

人生の新たなステージへ🌸

こいはるです

 

 

大学生活4年間が

終わりました!

 

 

名残惜しいけれど

次に進む時

 

 

人生を前に進ませます

 

 

 

 

 

留学中にこのブログを

毎日更新していたことから

わかるように

私にとって留学は大きな決断であり

中学生の時からの目標だった

 

そして現役で入学したからには

大学を4年で卒業すること

 

1年留学と4年卒業

 

この二つを絶対に

実現させる

 

そう決めて臨んだ大学生活でした

 

 

 

 

 

4年卒業は制度上できるけど

単位や要件、就職の問題で

5年かかることもよくある

ということを知り、

一度怖気付いた時がありました

 

 

そんな弱気な時に

喝を入れて

「できるなら、やりなさい」と

言ってくれた両親

 

やる前からできないと

考えて逃げ道を用意するのは

まずやってみないとだめだ

 

5年かかることが多いけど

4年で卒業する人がいるなら

それを目指そう

 

 

そう思い直して

コース選択、単位計算、就職活動、先輩体験談、出来ること全てをやって

臨んだボスキャリ

 

 

ウィスコンシンからボストンまで

飛行機で行くしかない

 

留学先から近くの空港まで

車で1時間

 

車も持ってないし

電車もバスも通ってない

ましてや歩けるような距離でも

気候でもない

 

そしてフライト時刻の都合で

空港近くに前泊しないと

間に合わない

 

 

 

自分の力でコントロール

できないことで

計画がなくなるかもしれない

 

 

そんな途方もない時に

助けてくれたのは

留学先現地の友達だった

 

 

私:うーん

ここから空港まで行きたいんだけど

車持ってないしUber(日本でいうタクシー)

しかないかなぁ…

 

友達: Uberは高いよ!

私車で途中までなら送っていけるよ!

何日の何時?

 

 

 

私: うーん

フライト時間的に早朝しかないから

空港近くに前泊しないといけないんだけど

泊まるところが近くにない…

 

友達: 空港ってMilwaukee?

それならうち近いよ!

泊まって行きなよ!

次の日の朝空港まで送るよ!

 

 

日本では

考えられないような

奇跡みたいなことが重なって

ボストンまで行くことができた

 

 

ボストンに到着して

全身スーツの日本人に

囲まれながら同じく全身スーツで

1人でいた私

 

 

 

 

インド人の友達に前泊させてもらって

同じ寮の友達に空港まで送ってもらった

Milwaukeeの空港からBostonのこの会場まで

無事に来れていることがもう奇跡

ここに来れたのは

わたしだけの力じゃなくて

私に関わってくれた全ての人のおかげ

ここで手ぶらでWisconsinに帰るわけには

絶対にいかない

なんとしてでも結果をだす

 

 

 

そう意気込んで臨んだ私は

周りから見たら

確実にギラついて

ピリピリしてた

 

それくらい

追い込まれていたけど、

でも、振り返れば

実際そこが1番の踏ん張りどころだった

 

 

そこでご縁のあった会社で

春から社会人として働きはじめる

 

 

 

 

ここ一番に

踏ん張りをきかすこと

 

 

大学生活で学んだ100のことのうちの

1つだからノートに書き足しておこう

 

今は多分41個までかけてるから

これはきっと42個めだ

 

 

 

他の40弱も紹介できたらいいな

 

どうしよう

私だけの秘密にしとこうかな?笑

 

 

 

 

 

4年卒業が正義とは

もちろん思ってないけれど

 

私はそれを目標にしてた

っていう話でした

 

 

 

卒業🌸🎓!おめでとう

 

魔法みたいな1日が

お風呂に入ったら本当に終わっちゃう

 

実は袴を脱いだ時にだいぶ

魔法は解けてたけど

 

髪とメイクも流したら

本当に終わっちゃう

 

 

でもこれからお風呂に入って

魔法もとくし、

次のステージに進んでく

 

 

 

そうやって前に進むと

決めたから

 

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2021.03.26

 

Special thanks to the photographer of this pic who has a long face and a kindness of "being" with me for three years no matter how far we apart physically even when I was in the States.